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格闘技の試合に向けて体を作りながら、AGA治療も受けている。フィナステリドを1年近く飲んでいるのに、生え際は後退し続けている。デュタステリドに変えたけれど、やはり変わらない。
こういう相談を受けたことがあります。
このとき起きていたのは、薬が効かない体質だった、という話ではありませんでした。 薬が働く場所そのものが、体の中に存在していなかったのです。
日本語で、この点をきちんと説明した記事をほとんど見かけません。だから、同じ理由で空振りを続けている人が相当数いるはずだと思っています。
この記事では、アナボリックステロイドを薬理学的な骨格で3つに分け、それぞれでAGA治療がどうなるのかを整理します。
なお、この記事は一般的な情報提供です。アナボリックステロイドの使用を推奨するものではなく、入手方法、使用量、使用計画についても一切扱いません。個別の診断や治療の判断に用いるものでもありません。
まず、AGAの薬が何をしているのかを30秒で
前提を揃えます。ここを共有しないと、この先の話が通じません。
AGA治療の主役は2種類あります。
1. 5α還元酵素阻害薬(フィナステリド、デュタステリド)
体内でテストステロンは、5α還元酵素という酵素によってジヒドロテストステロン(DHT)に変換されます。DHTはテストステロンよりもアンドロゲン受容体に強く結合し、前頭部と頭頂部の毛包で成長期を短くします。
フィナステリドとデュタステリドは、この変換を止める薬です。 DHTを作らせないことで、毛包への刺激を減らします。
2. ミノキシジル
こちらはホルモンとまったく関係がありません。毛周期に直接働きかけて成長期を延ばします。
この2つの違いが、この記事のすべてです。
5α還元酵素阻害薬は、「テストステロンが5α還元酵素を通ってDHTになる」という経路が存在していることを前提にした薬です。前提が崩れれば、薬は何もできません。
3つの群に分かれます
アナボリックステロイドと呼ばれるものは、1つの薬ではありません。構造の違うものの総称です。
そして、5α還元酵素との関係によって、AGA治療の効き方が3つに割れます。
A群:5α還元酵素阻害薬が、理論上は効く
該当するもの
- テストステロン(エナント酸エステル、シピオン酸エステル、プロピオン酸エステルなど、エステルの違いは持続時間の差であって性質は同じ)
- メチルテストステロン
なぜ効くのか
これらはテストステロンそのもの、またはそれに近い構造です。5α還元酵素の基質になります。 つまり通常どおりDHTへの変換が起こるので、その変換を止める薬には意味があります。
それでも効かないことがある理由
ここが重要です。理論上効くことと、実際に足りることは別です。
治療として行うテストステロン補充療法が生理的な範囲を目標にするのに対して、筋肥大を目的とした使用では、生理的範囲を大きく超える量が入ります。
このとき2つのことが同時に起きます。
- 変換されるDHTの絶対量が多く、酵素阻害では抑えきれない
- テストステロン自体もアンドロゲン受容体に結合する。DHTより結合は弱いものの、濃度が桁違いに高ければ受容体は活性化される
つまり、DHTを減らしても、テストステロン本体が毛包を叩き続けます。 これがA群で「飲んでいるのに進む」ことの説明です。
用量に依存する話なので、量が生理的範囲に近いほど、薬は仕事をします。 テストステロン補充療法とAGA治療が両立しやすいのはこのためです。
B群:5α還元酵素阻害薬が、原理的に効かない
ここが本題です。 そして、いちばん知られていません。
B群はさらに2つに分かれます。
B-1:すでに5α還元された骨格を持つもの
- スタノゾロール
- オキサンドロロン
- ドロスタノロン
- オキシメトロン
- メステロロン
これらはDHT誘導体と呼ばれます。名前のとおり、出発点がすでにDHTの側にあります。
体の中で5α還元を受けてから強くなるのではなく、最初から5α還元された形で入ってきます。
だから、5α還元酵素を止めても何も起きません。止めるべき変換が、そもそも行われていないからです。
B-2:5α還元を受けない構造のもの
- トレンボロン
- SARM(RAD-140、LGD-4033、オスタリン、アンダリン)
トレンボロンは分子構造の都合で5α還元酵素の基質になりません。SARMはそもそもステロイドの骨格を持たない別系統の化合物で、アンドロゲン受容体に直接結合します。
どちらも、酵素を経由せずに受容体へ届きます。
B群でフィナステリドを飲むということ
比喩を1つ使います。
5α還元酵素阻害薬は、橋の上に検問を置く薬です。橋を渡ってくる相手には有効ですが、B群は橋を渡っていません。 別の道から、あるいは最初から向こう岸にいる状態で受容体に届きます。
検問をいくら強化しても、通らない相手は止まりません。
そしてここから、次の話につながります。
C群:5α還元酵素阻害薬が、かえって不利に働きうる
該当するもの
- ナンドロロン(デカン酸エステルの製剤が知られています)
これは、A群ともB群とも違う挙動をします。
何が違うのか
ナンドロロンは5α還元酵素の基質になります。ここまではテストステロンと同じです。
しかし、変換された結果が逆です。
テストステロンは5α還元されるとDHTになり、アンドロゲン受容体への結合が強くなります。 ところがナンドロロンは5α還元されるとジヒドロナンドロロンになり、受容体への結合が弱くなります。
つまり、ナンドロロンにとって5α還元は、活性を落とす方向の反応です。
頭皮は5α還元酵素が豊富な組織です。 だから頭皮では、ナンドロロンは本来より弱められた状態で存在していることになります。皮膚に対するアンドロゲン作用が比較的おとなしいと言われるのは、この仕組みで説明されます。
ここで5α還元酵素阻害薬を入れると、どうなるか。
その不活性化が止まります。結果として、活性の高いナンドロロンが頭皮でそのまま残るという理屈になります。
髪を守るつもりで飲んだ薬が、逆方向に働きうる。 これがC群の逆説です。
この点を扱った質の高い臨床研究があるわけではないので、断定はしません。ただ、薬理学的な筋道としては十分に成立します。少なくとも「効くはずだから増やそう」という発想が通用しない群であることは確かです。
分類が読みにくいもの
正直に書いておきます。すべてがきれいに3群に収まるわけではありません。
メタンジエノンは、芳香化も受け、5α還元も受けます。ただし17α位にメチル基があるため、変換後の代謝産物の活性が単純に推定できません。中間的で、どちらとも言い切れない位置にあります。
わからないものは、わからないと扱うのが正しい。 そのうえで、対処の方針は次章で述べる形に収束します。
だから、デュタステリドへの増量は空振りします
診療でよく見る流れがあります。
- フィナステリドを飲む
- 効かない
- より強力とされるデュタステリドに変更する
- やはり効かない
- 自分は薬が効かない体質だと結論づける
この流れは、B群とC群では最初から成立しません。
フィナステリドは主にII型の5α還元酵素を阻害し、デュタステリドはI型とII型の両方を阻害します。確かにデュタステリドのほうが広く強く効きます。
しかし、それは「5α還元酵素を止める力が強い」という意味でしかありません。
5α還元酵素が関与していない相手に対しては、強い阻害も弱い阻害も、結果は同じゼロです。
薬を強くするという発想が通用しない。ここを理解しないと、費用と時間を延々と投じ続けることになります。
残る選択肢は、経路の外側にあります
では、B群とC群の人に打つ手がないのか。
あります。アンドロゲンの経路に一切触らない薬を使えばいい。
ミノキシジルです。
ミノキシジルは5α還元酵素を阻害しません。アンドロゲン受容体にも結合しません。毛包の血流と毛周期に直接働きかけ、成長期を延ばします。
原因がアンドロゲン経路のどこにあっても、あるいは経路の外にあっても、独立して作用します。
だから、B群とC群において、これが実質的に唯一の軸になります。
- 外用ミノキシジルは日本で一般用医薬品として承認されており、ガイドラインでも推奨されています
- 内服のミノキシジルは、日本でAGAに対して承認されていません。ガイドラインでも行うべきではないとされています
内服を個人輸入で使っている人がいますが、もともとが強力な降圧薬です。血圧と心電図を誰も見ていない状態で使うものではありません。
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外用ミノキシジル(第1類医薬品)
壮年性脱毛症における発毛、育毛、脱毛の進行予防を効能とする一般用医薬品です。第1類医薬品のため、購入時に薬剤師による確認が入ります。使用前に添付文書を読み、循環器の持病がある人は医師または薬剤師に相談してください。
外用の抗アンドロゲン薬について
検索すると必ず出てくるので、触れておきます。
頭皮にだけ抗アンドロゲン作用を効かせようとする外用の化合物が、個人輸入で流通しています。研究用試薬として販売されているものが、そのまま個人に売られている状態です。
これらはヒトでの安全性を確認する臨床試験を経ていません。 経皮吸収された分が全身にどう作用するのかも、長期に使ったときに何が起きるのかも、データがありません。
勧められません。 この記事では具体的な使い方を扱いませんし、扱うべきではないと考えています。
自毛植毛はどうなのか
移植する毛は後頭部から取ります。この部位の毛包は、もともとDHTの影響を受けにくい性質を持っており、移植先でもその性質を保ちます。
ただし、それは通常のアンドロゲン環境における話です。 生理的範囲を大きく超える刺激が続く状況で同じ保証があるとは言えません。
使用を続けたまま植毛に進むのは、順序として勧めにくい。
髪だけを見ている場合ではない、という話
ここまで髪の話をしてきましたが、診療する側として、正直に書いておきたいことがあります。
脱毛は、いちばん目に見えるだけで、いちばん軽い問題です。
同時に起きていて、症状が出ないまま進むものがあります。
- 二次性の多血症(ヘマトクリット上昇による血栓のリスク)
- HDLコレステロールの著明な低下と、LDLの上昇
- 肝障害(17α位をアルキル化した経口剤で問題になります)
- 左室肥大と拡張機能の低下。中止しても完全には戻らないことがあります
- 下垂体からのLH、FSHの抑制と、それに伴う精子形成の低下
- 注射器やバイアルを共有した場合の、B型肝炎、C型肝炎、HIV
このうち、自覚症状が出るものはほとんどありません。 採血と血圧測定でしか見つかりません。
髪のことで悩んで受診したなら、それはむしろ良い機会です。ついでに全部測ってください。
→ アナボリックステロイド使用者の血液検査で、医師が見ているもの
やめたら戻るのか
短く答えます。戻る部分と、戻らない部分があります。
休止期脱毛として抜けた分は戻ります。AGAとして毛包が縮んだ分は、まだ軟毛化の段階なら戻る余地があり、毛包が消えてしまった部位は戻りません。
そして、中止直後はむしろ抜けます。 ホルモン軸が回復するまでの低テストステロン期に、休止期脱毛が起きるからです。ここで心が折れて再開してしまう人がいます。
逆に、中止後にはAGA治療が本来の効果を発揮できるようになります。 体内のアンドロゲンが自前のテストステロン中心に戻れば、5α還元酵素阻害薬が仕事をする前提が戻るからです。
医師に、何をどう伝えればいいのか
最後が、いちばん実務的な話です。
伝えなければ、効かない薬を飲み続けることになります。 ここまで読んだ人には、その理由がわかるはずです。3群のどれなのかがわからなければ、医師は方針を立てられません。
伝えてほしいのは次の6点です。
- 使っている成分の名前(一般名でも、通称でも構いません)
- 経口か注射か
- いつから、どのくらいの期間
- 現在も使用中か、中止して何か月か
- 併用しているもの
- 過去に指摘された検査値の異常
言いにくいのは当然です。 それでも、次の2つは知っておいてください。
医師は責めるために聞いているのではありません。 薬を選ぶために聞いています。同じ薄毛でも、A群なら5α還元酵素阻害薬に意味があり、B群とC群ならミノキシジルから組み立てます。この判断は、伝えてもらわないと不可能です。
そして、診察室で話したことが職場や競技団体に伝わることはありません。 守秘義務は医師の側の義務です。
すべては言いたくない、という場合もあると思います。それなら「使っているものがあります」の一言だけでも構いません。 それだけで、処方は変わります。
対面で言い出せないなら、オンライン診療という手があります
この記事の内容は、正直に伝えて初めて意味を持ちます。画面越しのほうが切り出しやすい人は、そちらから始めてください。効かない薬を飲み続ける時間のほうが、はるかに損失です。
まとめ
- 5α還元酵素阻害薬は、「テストステロンが5α還元酵素を通ってDHTになる」経路を止める薬である
- A群(テストステロン系)はその経路を通るので理論上効くが、量が多いと押し切られる
- B群(DHT誘導体、トレンボロン、SARM)はその経路を通らないので、原理的に効かない
- C群(ナンドロロン系)では5α還元が活性を下げる方向に働くため、阻害するとかえって不利になりうる
- だからデュタステリドへの増量は、B群とC群では空振りに終わる
- 経路の外側から働くミノキシジルが、実質的に唯一の軸になる
- 脱毛より、多血、脂質、肝、心臓のほうが重い問題である
- 医師に伝えなければ、薬は選べない
効かないのは、あなたの体質のせいではありません。 薬の働く場所と、実際に起きていることが噛み合っていないだけです。
噛み合わせを直せば、打てる手はあります。
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ご注意
この記事は一般的な情報提供であり、アナボリックステロイドおよびSARMの使用を推奨するものではありません。入手方法、使用量、使用計画については一切扱っていません。これらは日本で医師の処方が必要な医薬品、または未承認の医薬品成分であり、販売および譲渡は薬機法に触れます。競技者にとってはドーピング禁止物質です。個別の診断と治療については、必ず医師にご相談ください。


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