SARM(選択的アンドロゲン受容体モジュレーター)は、「筋肉には効くが、髪や前立腺には影響しない」という触れ込みで広まりました。
サプリメントのような見た目で売られ、注射でもなく、法律に触れないものだと思われている。この3つの認識は、いずれも正確ではありません。
この記事では、その触れ込みの根拠がどこまで確かなのかを、順番に確認します。
なお、この記事は一般的な情報提供です。SARMの使用を推奨するものではなく、入手方法や使用量についても扱いません。
そもそも何なのか
SARMは、ステロイドの骨格を持たない化合物です。アンドロゲン受容体に結合しますが、テストステロンとは構造がまったく違います。
代表的なものとして、RAD-140、LGD-4033、MK-2866(オスタリン)、S-4(アンダリン)といった開発コードで呼ばれるものがあります。
ここで、まず1つ整理が必要です。SARMとして売られているもののなかに、SARMではないものが混ざっています。
- MK-677(イブタモレン) — 成長ホルモン分泌促進薬です。アンドロゲン受容体には作用しません
- GW-501516(カルダリン) — PPARδ作動薬です。これもSARMではありません。動物実験で複数臓器の発がんが確認され、医薬品としての開発が中止された経緯があります
同じ棚で売られているだけで、作用も危険性もまったく別のものです。 「SARMを使っている」と話す人が、実際には何を使っているのかわかっていないことが珍しくありません。
そして、いずれの成分も、日本を含むどの国でも一般的な使用が承認された医薬品にはなっていません。 臨床試験は行われましたが、承認まで到達したものはありません。
「組織選択性」の根拠はどこまで確かなのか
触れ込みの中心はここです。順を追って確認します。
主張の根拠として挙げられるのは、主に次の2つです。
1つ目は、受容体に結合したあとに集まってくる補助因子の違いです。組織によって、その受容体を実際に働かせる仕組みが違うため、筋肉と前立腺で反応が変わりうる、という説明です。
2つ目のほうが重要です。SARMはステロイド骨格を持たないため、5α還元酵素で変換されません。
テストステロンは、皮膚と前立腺で5α還元されてDHTになり、そこで作用が増幅されます。筋肉ではこの増幅がほとんど起きません。つまり天然のアンドロゲンは、構造的に「皮膚と前立腺で強く効く」ようにできています。
SARMはこの増幅を受けないので、相対的に筋肉に寄る。この理屈自体は、薬理学として筋が通っています。
問題は、そこから「だから髪と前立腺には影響しない」と言い切れるかどうかです。
言い切れません。理由は3つあります。
- 増幅されないだけで、アンドロゲン受容体には結合します。頭皮の毛包にも受容体はあります
- 選択性を示したデータの多くは動物実験と初期の臨床試験であり、筋肥大目的で使われている用量とは前提が違います
- 実際に、SARM使用者からの脱毛の訴えは報告されています
そして、髪に関してはもう1つ、決定的に不利な点があります。
5α還元酵素阻害薬が、原理的に効きません
これがこの記事をAGAのカテゴリに置いている理由です。
フィナステリドとデュタステリドは、テストステロンをDHTに変える酵素を止める薬です。止める対象は、5α還元酵素です。
SARMは5α還元を受けません。アンドロゲン受容体に直接結合します。
つまり、酵素を止めても、そこに止めるべき経路が存在しない。 フィナステリドを飲んでもデュタステリドに変えても、SARM由来のアンドロゲン刺激には届きません。
「組織選択的だから髪は大丈夫」と聞いて始めた人が、抜け始めてからAGA治療を追加し、それも効かない。この順番でうまくいかなくなっている例があります。
対処として残るのは、アンドロゲンの経路に触らない外用ミノキシジルです。
報告されている健康被害
「注射ではないから安全」という感覚は、経口であることを根拠にしています。これは逆です。経口で肝臓を通る薬のほうが、肝臓への負担という点では不利です。
医学文献で報告されているものを挙げます。
1. 薬物性肝障害
胆汁うっ滞型の肝障害と、遷延する黄疸の症例が報告されています。健康な若年男性が、数週間の使用で強い黄疸とかゆみを起こし、回復に数か月かかった、という経過が典型です。
2. 脂質異常
HDLコレステロールの著明な低下が、臨床試験の段階から一貫して観察されています。若い時期には自覚症状がないため放置されやすく、心血管リスクとしては軽くありません。
3. 視覚の異常
S-4(アンダリン)では、視野が黄色がかって見える、暗順応が悪くなるという訴えが特徴的です。中止すると戻るとされていますが、原因の説明はついていません。
4. 内因性テストステロンの抑制
アンドロゲン受容体に作用するものを外から入れると、下垂体はテストステロンが足りていると判断します。その結果、LHとFSHの分泌が落ち、精巣の機能が抑えられます。中止後の回復には時間がかかり、性欲低下、倦怠感、精子数の低下として現れます。
米国のFDAは2017年、筋肉増強目的で販売されるSARM製品について、肝障害と心血管イベントのリスクを挙げて注意喚起を出しています。
中身が表示と一致していない
これは、上のどの副作用よりも実務的な問題かもしれません。
医学誌JAMAに2017年に報告された分析では、SARMとして販売されていた製品を化学的に調べたところ、表示どおりの成分が入っていたのは全体の約半数でした。
残りは、表示と違う未承認の薬物が入っていたか、あるいは有効成分が何も入っていませんでした。
何を体に入れているのかが、本人にもわからない状態です。 副作用が出たときに、原因物質を特定できません。診療する側から見ても、これがいちばん困ります。
日本での法的な位置づけ
はっきりしています。
SARMは日本で医薬品として承認されていません。 未承認の医薬品成分にあたります。
- 販売、授与、そのための広告は薬機法に触れます
- 「サプリメント」として売られていても、扱いは変わりません
- 個人輸入は、あくまで本人が自分で使う分に限って例外的に認められているだけです。他人に譲ることはできません
- 厚生労働省は、未承認の医薬品成分を含む健康食品について繰り返し注意喚起を出しています
「サプリだから大丈夫」という理解は、売る側の言い分をそのまま受け取ったものです。
競技者にとっては失格の対象です
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表で、SARMは「その他の同化薬」として競技会内外を問わず禁止されています。オスタリン、LGD-4033、RAD-140、アンダリンは名指しで記載されています。
微量でも検出されます。 サプリメントの汚染による意図しない摂取で制裁を受けた例もあり、これは「知らなかった」で免責されません。
競技をしている人は、使うものを毎回確認する習慣が要ります。
すでに使っている人へ
説教をするつもりはありません。使っている人が受診したときに、医師として確認していることを書きます。
- 肝機能(AST、ALT、ALP、γ-GTP、総ビリルビン)
- 脂質(LDL、HDL、中性脂肪)
- ホルモン(LH、FSH、総テストステロン、エストラジオール)
- 血算(ヘマトクリット)
- 血圧
- 挙児希望があれば精液検査
黄疸、白目の黄染、濃い尿、強いかゆみが出たら、すぐに受診してください。 これは様子を見ていい症状ではありません。
血液検査で何を見ているかは、こちらにまとめています。
→ アナボリックステロイド使用者の血液検査で、医師が見ているもの
まとめ
- SARMとして売られているものには、SARMでない成分が混ざっている
- 組織選択性の理屈は薬理学として成立するが、「髪に影響しない」という結論までは支えていない
- 5α還元を受けないため、フィナステリドとデュタステリドは原理的に効かない
- 肝障害、HDL低下、視覚異常、内因性テストステロンの抑制が報告されている
- 製品の約半数は、表示どおりの成分が入っていなかった
- 日本では未承認の医薬品成分であり、販売と譲渡は薬機法に触れる
- 競技者にとっては禁止物質である
「安全な筋肉増強剤」という言葉は、まだ誰も証明していません。 承認された医薬品が1つもないという事実が、その状況を端的に表しています。
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ご注意
この記事は一般的な情報提供であり、SARMの使用を推奨するものではありません。入手方法、使用量、使用計画については扱っていません。SARMは日本で承認された医薬品ではなく、販売および譲渡は薬機法に触れます。競技者にとってはドーピング禁止物質です。


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